商店マップ

商店会map

中央通り商店会

中央通り

創 立  :  昭和43年
行 事  :  七夕祭り

〈商店会の歴史〉

中央通り商店会は戦後すぐに平和通り商店会として市内で最も早く結成され、昭和40年代に中央通り商店会と改名されました。毎年8月に行われる「中央通り七夕祭り」は60年以上欠かさず続けられ、夏の恒例行事として親しまれています。無料で利用できる市営第一駐車場に隣接しており、車でのご利用にも便利です。

中央通りアーチ

中央通り 入口 アーチ

中央通り

東から見る中央通り

市営第一駐車場

市営第一駐車場 入口

七夕40年代

七夕まつり (昭和40年代)

中好会

中好会 風景

創 立 : 昭和30年

行 事 : 法運寺大祭

〈商店会の歴史〉

昭和30年、商店街の発展と相互の研修、親睦を目的に「中央商店会」を創立し、33年に商連に加入する。翌34年、現在の「中好会」と改名し常に会員の結束力で活性化に努めてきた。この間、共同売出し事業の研究、実施、街路灯の新設等、活発な商店街活動を行い現在に至る。平成21年に道路拡幅に伴い電線地中化工事を行い、通りには中町の象徴である光塔が設置された。

本丁通り商盛会

本丁通り_R

創立年昭和28年

〈商店会の歴史〉

市街地の中心にあり江戸時代より栄える。昭和28年に本丁通り商盛会を結成し、現状の商店街らしき街並みとなっている。本丁通りは横の専門店街として個店の位置付けを中心に

湯町発展会

湯町 風景

創 立 : 昭和47年

〈商店会の歴史〉

湯町と言う、昔からの飲食街の中に「あかり」といえば、まばらはハダカ電球しかなく、なんとも現代にふさわしくないと言うことで、現在の街灯を建設するにあたり有志によって商店会が発足されました。その名前として、発展することをねがって「湯町発展会」として今日までいたっています。会員は飲食店やスナックなどが多く中野の夜の繁華街です。

西町本通り発展会

西町本通り 風景

創 立 : 昭和38年
行 事 : ひな市行事
毎年新入学児童に土ビナの天神様進呈
高市神社祭、西本市
〈商店会の歴史〉

昔から「ひな市」の町として歴史のある当町も昭和38年に西銀座商栄会という商店会で始まり昭和39年に西町発展会として、昭和48年に、西町本通り発展会と改めて、今日迄至っています

銀座会

銀座会 風景

創 立 : 年昭和28年
行 事 : 中日野神社 七五三大祭
〈商店会の歴史〉

中野小唄に「町のまん中に川がある」と唄われているように、昭和26年まで銀座通りのまん中には、松や柳並木に川が流れ、道の両側には30数軒の店が軒を揃えた風情な町並みの商店街であった。昭和28年地元有志らが中野銀座会を発足、初代会長に小根沢義郎氏が就任した。将来を踏まえ、川をつぶす英断をし、県や市に陳情、東奔西走の末、現在のような両側に歩道のある全面舗装の道路となり、アーチが完成、ネオンが点灯された。

昭和46年北信で屈指のアーケードが完成。その後年々通行量の増加に伴い各種イベント、店舗改装、個店の自助努力により一段と活気をみせて来た。昭和55年には歩道をカラー舗装に改修、62年街路灯改修。昭和63年に30年ぶりにアーチ改修、同時に商店街の愛称も公募、中山晋平先生の「カチューシャの唄」よりLaLa銀座とした。

平成14年には道路拡幅に伴い長年親しまれたアーケードを撤去して電線地中化工事を行った。

中央通り商店会

中央通り
創 立  :  昭和43年
行 事  :  七夕祭り 8月6日 7日

〈商店会の歴史〉

中央通り商店会は戦後すぐに平和通り商店会として市内で最も早く結成され、昭和40年代に中央通り商店会と改名されました。毎年8月に行われる「中央通り七夕祭り」は60年以上欠かさず続けられ、夏の恒例行事として親しまれています。無料で利用できる市営第一駐車場に隣接しており、車でのご利用にも便利です。

中央通りアーチ

中央通り 入口 アーチ

中央通り

東から見る中央通り

七夕40年代

七夕まつり (昭和40年代)

市営第一駐車場

市営第一駐車場 入口

中好会

中好会 風景

創 立 : 昭和30年

行 事 : 法運寺大祭

〈商店会の歴史〉

昭和30年、商店街の発展と相互の研修、親睦を目的に「中央商店会」を創立し、33年に商連に加入する。翌34年、現在の「中好会」と改名し常に会員の結束力で活性化に努めてきた。この間、共同売出し事業の研究、実施、街路灯の新設等、活発な商店街活動を行い現在に至る。平成21年に道路拡幅に伴い電線地中化工事を行い、通りには中町の象徴である光塔が設置された。

本丁通り商盛会

本丁通り_R

創立年昭和28年

〈商店会の歴史〉

市街地の中心にあり江戸時代より栄える。昭和28年に本丁通り商盛会を結成し、現状の商店街らしき街並みとなっている。本丁通りは横の専門店街として個店の位置付けを中心に商店街活動を行っている。

湯町発展会

湯町 風景

創 立 : 昭和47年

〈商店会の歴史〉

湯町と言う、昔からの飲食街の中に「あかり」といえば、まばらはハダカ電球しかなく、なんとも現代にふさわしくないと言うことで、現在の街灯を建設するにあたり有志によって商店会が発足されました。その名前として、発展することをねがって「湯町発展会」として今日までいたっています。会員は飲食店やスナックなどが多く中野の夜の繁華街です。

西町本通り発展会

西町本通り 風景

創 立 : 昭和38年
行 事 : ひな市行事
毎年新入学児童に土ビナの天神様進呈
高市神社祭
西本市

〈商店会の歴史〉

昔から「ひな市」の町として歴史のある当町も昭和38年に西銀座商栄会という商店会で始まり昭和39年に西町発展会として、昭和48年に、西町本通り発展会と改めて、今日迄至っています。

銀座会

銀座会 風景

創 立 : 年昭和28年
行 事 : 中日野神社 七五三大祭

〈商店会の歴史〉

中野小唄に「町のまん中に川がある」と唄われているように、昭和26年まで銀座通りのまん中には、松や柳並木に川が流れ、道の両側には30数軒の店が軒を揃えた風情な町並みの商店街であった。昭和28年地元有志らが中野銀座会を発足、初代会長に小根沢義郎氏が就任した。将来を踏まえ、川をつぶす英断をし、県や市に陳情、東奔西走の末、現在のような両側に歩道のある全面舗装の道路となり、アーチが完成、ネオンが点灯された。

昭和46年約2,000万の巨額を投じ、北信で屈指のアーケードを完成。その後年々通行量の増加に伴い各種イベント、店舗改装、個店の自助努力により一段と活気をみせて来た。昭和55年には歩道をカラー舗装に改修、62年街路灯改修。本年30年ぶりにアーチ改修、同時に商店街の愛称も公募、中山晋平先生の「カチューシャの唄」よりLaLa銀座とした。

平成14年には道路拡幅に伴い長年親しまれたアーケードを撤去して電線地中化工事を行った。

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